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ジム・スカルリング・クラブ結成秘話(?)

Posted by リラン on 21.2015 その他 0 comments 0 trackback
今日はこれから会社の親睦の集まりでライオン・キングを観に行かなくてはなりません(なりません、、なの。1度観てるんだもん。1度観れば良いよね〜)、食事会付きだからそっちを楽しみにしています。

Zoneさんにあったコチラの記事をアップして行きます。付いてる写真がステキだったから  タトゥー・アーティストのジョナサン・ショーさんが語っています。

私は、1984年にジョニー・デップに初めて会いました。
何十年も、私はブラジルに住んでいました、そこで、私はタトゥーを初めました。そして、私はロサンゼルスへ引っ越すことに決めました。
ロックシティー・エンゼルス(Fontenoyと呼ばれているハリウッドのこの歴史的建物に、その人全員は住んでいました)と呼ばれている狂ったミュージシャン連中を私は知っていました、そして、私はそれらの人々とつきあい始めました。
彼らには新しいギター・プレーヤーがいました。そして、その人はジョニー・デップであることがわかりました。
当時、彼はただ麻薬常用者ロックンローラーのこの集団の周りでぶらぶらしている子供の1人でした。

数年後に、私はニューヨークのかなり有名なタトゥー・アーティストとしての名声を確立しました、そして、ジョニーは彼のテレビ・シリーズ “21ジャンプストリート”を降りて、ジョン・ウォーターズ映画(Cry-ベイビー)の主演をしました。
彼は1990年にニューヨークに来て、私を訪ねて、私を映画のプレミアに招待しました。そこで私はイギー・ポップとジム・ジャームッシュに会いました。
我々4人は互に引きつけられて、ほとんど離れられないものになりました。
我々が会う場所はいつも私のタトゥー・スタジオ(Fun City Tattoo)でした。そして、それはこの写真が撮られたところです。

0320 Jim skull ring club

Fun City Tattooは、バワリー街の板で囲まれた店正面の後の違法なタトゥー・パーラーでした。
それは、看板または何も持ちませんでした – あなたは、街角から電話して来て、そして、私はあなたを入れるために来ます。店の内部は、骨董品のタトゥーの記憶すべき事物(ガラスケースのアマゾンからのしなびた頭)で満たされるカラフルな、狂った他の惑星でした – まさに壁と天井の隅から隅までをおおっている、ありとあらゆる怪しいガラクタ。それは、我々のクラブハウスになりました。

ある日、私はジョニー、イギーとジムにアンティークのタトゥー・デザイン・シートのコレクションを見せていました。イギーはスカルに出くわしました、それは、クロスした骨のデザインと周りに《Death is certain》という言葉がありました。彼は、そのデザインに取りつかれたようになりました。
我々全員が、我々のフレンドシップを記念するタトゥーをするという考えが、生まれました。
私はスカルリングを付けました、そして同時に、彼ら皆も私のようなスカルリングが欲しいと決りました。
みんながこのリングを付けたように、みんなは同じタトゥーを得ました – そして、我々は Death Is Certain Clubになりました。

この写真は、私がタトゥーをした夜に連れていきます。あなたは私の膝の上に、ジムのふくらはぎの上に、それを見る事が出来ます、そして我々全員がスカルリングを付けています。イギーはリングを得ましたが、タトゥーはしていません。みんなは現在でもまだこのリングをしています。


Johnnytim.com さんにタトゥーがハッキリ(小さいけど)見える画像がありました。
0321 Skul ring

ジョニーもどこかにあるんでしょうね?どこかな。。コチラによると、右の足のすねにあるようです。


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